旨い酒ってなんだろう?
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【日本酒 ✕ 音楽】The Modern Jazz Quartetの"Summertime"に合う日本酒って?

【日本酒 ✕ 音楽】The Modern Jazz Quartetの"Summertime"に合う日本酒って?

旨い酒ってなんだろう?

日本酒のスペシャリスト山内先生と作曲家の馬場さんによる、領域を跨いた対談の2曲目。

今回はヴィブラフォン奏者、ミルト・ジャクソンによるジャズに合わせていきます。ぜひお愉しみ下さい。

1曲目の記事は、こちら。
【日本酒 ✕ 音楽】Miles Davisの"Blue In Green"に合う日本酒って? 

日本酒の香りを花束に例える

馬場:
2曲目も1曲目に続いてジャズですね。
そこに合わせていくのは惣誉 純米大吟醸 生酛、栃木のお酒なんですね。

 

山内
生酛で作られた純米大吟醸です。生酛のお酒って味幅に広がりがあるようなイメージが出やすい。ちょっとボリュームがあるお酒なんかに結構多くて、かつ酸があるっていうニュアンスなんですが、 このお酒に関しては僕はそういう印象はあまり持っていなくて。タイトな緊張感みたいなものも少し感じることができるかなと。

 

馬場
少し川とか水の香りがしますね。

 

山内
青さの上にシダ植物が少し生えているような草っぽさありますよね。

生のローレルから少しずつ色が変わって、乾燥していくようなニュアンスを香りから感じることができます。ちょっとチャンネルを変えると、ヨーグルトのホエイですかね。

果糖感が少なくて、どちらかというとタイトな乳酸のみの香りが少し支配的になるかなと思います。

 

馬場
意識を向ける先が変わるだけで、全く違う香りに感じますね。この感じ方の変化って何なんですかね。

 

山内
よく花束とかで説明するんですけど、花束ってぱっと見で赤い花束、紫の花束とかあると思います。

その花束をお花が詳しい人から見たら赤1色で構成されていなくて、ピンクもあれば、ベルベット的な色もあったり。逆に見えていなかったけど白色や黄色も少し入ってるけど、全体として赤く見える花束、みたいなことがありますよね。

それこそワインでよくブーケに例えるんですが、日本酒なので花束と表現しています。

日本酒もそれぞれの要素を因数分解して少しずつ見出だすことができる。片やセミドライのローレルが見えたり、ちょっと果糖分の少ないホエイが見えてきたり。奥の方にたまっている、生クリームのようなおかゆのような、ニュアンスミルクみたいな香りも少しだけ出てくるんですよね。

音楽も多分そうで、イコライジングしていくと高音部と中音部と低音部に分かれる。もしくは楽器で分かれたりとかね。多分、波長とか波形とかでも分けることはできる。

 

余韻と残響、凝縮と抑制。

馬場
なるほど。花束って素敵な表現です。

このお酒は結構いろんなものが合いますね。舌の上でずっと美味しい。

 

山内
そうなんですよ。余韻も長い。

テクニカルなこと言うと、この余韻を作り出してるのは原材料の酒米、特A産地の山田錦の力なんですね。この地域特有の余韻の長さっていうものを作り出せる。

 

馬場
余韻の正体は何ですか?

 

山内
個人的な見解ですが、雑味が少ないことが余韻の長さを呼んでいるのかなと。

音でも雑音があったりすると、音の要因がかき消えてしまったり、残響感がなくなってしまうことってありますかね?

 

馬場
残響は音楽の話では欠かせないです。

例えばピアニストって弾き終わった後も5秒くらいじっとしていますが、観客は残響音の存在に気づきます。演奏が終わって、弦たちがぱーっと響いて共鳴し合ってるあの音が戻っていくのを楽しんでいる。そこにこう、耳をそば立てる。

もし雑音に囲まれていたら、その残響は拾えない。

 

山内
要は舞台装置がきちんとしていないと、残響まで感じることができないということですよね。お酒の場合も雑味があると舌の上で余韻を感じにくくなってしまう。

そしてこのお酒に合わせたいと思っているのが、The Modern Jazz Quartet、ミルト・ジャクソンが弾くヴィブラフォンなんですね。

※ ミルト・ジャクソン:アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト出身のジャズ・ヴィブラフォン奏者。
※ ヴィブラフォン:金属製の音板をもつ鍵盤打楽器で、鉄琴の一種。

 

馬場
さっきと打って変わってヴィブラフォンですね。

 

山内
本来ちょっと高めでコロコロした音なんですけど、彼って落ち着いたテンポでヴィブラフォンを使っているイメージがあるんですよ。

このお酒の持っているタイトなニュアンスと、低い音で抑えられているイメージが合うなと。

ピンと張り詰めた音楽でもいいんですけど、それがすぎるとちょっと楽しみみたいなものが少なくなってしまうと思っていて。

『ラストコンサート』を選んだのは、これが The Modern Jazz Quartet の中で1番有名なアルバムというところもあるんですが、相手にお客さんがいる緊張感が見えるところと、タイトさが繋がるかなと。

※『ラストコンサート』:ミルト・ジャクソンらによって結成されたアメリカのジャズバンド、The Modern Jazz Quartetの代表アルバム。

 

馬場
多分なんですけど、ヴィブラフォンで落ち着いた雰囲気を出して、この速度で演奏するって結構難しいことで。この曲は詩的に抑制していますね。音の粒を正しい場所へひとつひとつ置いていくように。間違ったタイミングで叩くと間抜けになるのでかなり緊張感がある。

 

山内
生酛の中でもこのお酒の僕のイメージは、凝縮感とか、張り詰めてるほどではないんですけど、詰まってる感じがあるんですよね。

詰まりながらも抑制が効いているっていうニュアンスはあるので、途中途中でこの音の高さがありながら、 ある程度低い音同士に揃えられている。

いわゆるジャズのフォーマットみたいなのってありますよね。例えばピアノがいてドラムがいて、となると思うんですけど、その中でヴィブラフォンって珍しさがある。

そういう意味でも、惣誉のような生酛の若干張り詰め感があるところは、僕の中でも繋がりがあって面白い、珍しい部分かなと思います。

あまりこのお酒自体に夏のイメージはないんですが、このアルバムの「Summertime」という曲のテンポくらいがいいかなと。高い音を使っていながらも、落ち着いた雰囲気が出ている感じは、お米をよく磨いていながらも抑制が効いているっていう。

音を置いているっていうのは、僕の中でも非常に腑に落ちます。

 

知覚的ペアリングと概念的ペアリング

馬場
最初に香りを嗅いだ時にも川っぽいと言いましたが、僕の地元が田舎の川が流れてるところでして、そこの川辺の石の上を歩いてるイメージ。勝手にこう、マルチモーダルになってるんですね。

 

山内
五感で想起されるイメージみたいなものが、自分の中の記憶とリンクしたりしますよね。

音楽で感じた心象風景と日本酒で感じた心象風景が被るみたいなこと大いにあるのかな。

 

馬場
知性というか、大脳新皮質の活動というか。そこで思考するより先に、身体が反応しますよね。

特に香りは何よりも先に、イメージと本能でペアリングされる。後からどこの構造が似てるかを分解していく。

 

山内
それはかなりありそうですね。

感覚的なものがもう既に分かっている。理解していて、後からその言葉付けを行っている感覚はあるかもしれないです。

この曲に関しては、ちょっと抑制が効いているところはまさにその通りだと思いますし、先ほどおっしゃっていただいた川の雰囲気っていうものと、「Summertime」で夏のイメージっていうところも繋がりが取れるところかなと思いました。

 

馬場
1点、ペアリングに関する質問があるんですが。山内さんにたくさんの知見がある中で、これとこれが合うはずという、知見や見解からペアリングする方法があると思いつつ、多分ほぼ同時にインスピレーションで心象風景などとペアリングしている。つまり両者の同時並行でペアリングを進めているような気がします。

 

山内
そうですね。実は、頭の中では2つ同時並行で行っていて、 これはペアリングの世界でも言われていることなんですけど、ペアリングって大きく2つに分けることができる。

1つ目は、知覚的なペアリング。これは例えばこの香気成分同士が繋がるみたいなペアリングがそうなんですけど、もう1つは概念的なペアリングって呼ばれていて、 1番わかりやすいところはフランスのマリアージュと呼ばれる方法なんですよね。

要は、ブルゴーニュ地域のワインとブルゴーニュの伝統的な料理は合わないはずがないと脳で理解するペアリングっていうのがあるんですよ。

この部分をある程度広く取っていくと、いま我々がしているような音楽とのペアリングっていうのもまさに概念的な部分。

概念的って、拡大解釈していくと、その根っこにある部分っていうのは構造なのかなと。その構造同士が合っていれば、繋がり合うものも見えてくる。

まさにこの音楽とかクロスモーダルなニュアンスでいけば、概念的な部分のエコライザーみたいなものがぐっと持ち上がる。

 

馬場
今回はあえて全部、洋楽、西洋の音楽かと思うんですけど、やっぱり日本の音楽で合わせると、日本的モチーフのバイアスが強すぎてっていうのもありますかね。

 

山内
そうですね。僕も一瞬、このお酒に関しては日本の感覚でいう奥ゆかしさや遠慮であるとか、そういったものにちょっと繋がっているかなと感じたんですけど、これっていう日本の音楽はあげられないなと思ってしまって。舞台装置が色々必要になってしまうんですよね。

楽曲というよりもいわゆる「忍び音」って呼ばれる方法なんですけど、例えば料亭とか行った時に芸者さんが入って三味線とかやりますよね。あそこで弾く三味線の音って、いわゆる広い場所で弾く三味線の音というよりは、爪弾くような感じがあります。障子でしか仕切られていない環境の中で、周りを気にしながら音を出す。例えば長歌なんかも、張らないんですよ。 非常に低い音で細く出していく。これも抑制ではあるんですが。

 

馬場
確かに舞台装置がないと日本の音楽はなかなか成立しにくいですね。

ご自宅で気軽にペアリングするとしたら洋楽の方が探しやすかったりする。

 

山内
あと普段聴いていて愉しめる曲も洋楽の方がありますしね。

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