きょうの日本酒では「日本酒はどんなものでもペアリングできるはず」という想いをもって、これまで様々な料理と合わせてきました。
今回はさらに「まさかこんなものとも…?」というところまで、ペアリングを挑戦してみる企画をスタートします。
第一弾は日本酒と音楽。日本酒のスペシャリスト山内先生と作曲家の馬場さんの領域を跨いた対談は、ちょっとディープでお酒のアテにはぴったりです。音楽を流しながらお愉しみ下さい。
山内祐治(やまうち ゆうじ)
湯島天神下 すし初 四代目。J.S.A.sakediploma コンクール初代優勝。アカデミーデュヴァン日本酒講師。「きょうの日本酒」日本酒ディレクター。
馬場宏樹(ばば ひろき)
ネオクラシカルからポストロック、R&B、ポストダブステップと、あらゆるジャンルに精通した作曲家として、美術展、ファッションショー、CM音楽まで幅広く手掛ける作曲家。近年はアートプロジェクトQingsとして国内外で活動。音楽デザインブティック "KINSEN DESIGN"代表。
龍力の丸みと、ミュート・トランペット
馬場:
今回この曲に選んでいただいたのが、本田商店の龍力 純米大吟醸 五年熟成。
こちらはどういったお酒なんでしょうか?
山内:
龍力五年熟成は兵庫県のお酒で、大地、お米を大事にしている蔵で造っています。
お米は山田錦という、甘みというより丸さや円に近いニュアンスのお米と、神力米という、山田錦より円が小さい、少しギザギザしたワイルドなニュアンスが出てくるお米をブレンドさせています。
低温でお酒を熟成させることで、滑らかなカシミア、ベルベットのようなシルキーさがあり、音楽的にはミュートトランペットのイメージです。ビブラートも強くなくゆるっと入っていく。
そこがジャズ的なところでマイルス・デイヴィスがいいかなと。
※マイルス・デイヴィス:アメリカ合衆国出身のジャズトランペット奏者、作曲家、編曲家。ジャズ史上最も重要な人物数人のうちの一人
馬場:
まさにミュートトランペットの波形がそうですよね。
トランペットは倍音成分がとても多く、通常ぎざぎざの波形なんですが、ミュートでフィルターをかけて丸め込んでいますね。
※ミュート:金管楽器のベルの先端に取り付けて音色を変化させる器具。直訳すると「消音」という意味で、金管楽器のミュートは消音よりも、「音色を変える」目的が強い。
山内:
その丸め込んでいる、フィルタリングしているってイメージでいうと、この蔵が最終的にやるのが炭濾過というやり方なんです。ここの蔵元さんの話としては、最後にちょっと角をとる、丸めるということなんですが、ミュートトランペットのお話とちょっと繋がっていますね。そしてマイルスデイヴィス の『Kind Of Blue』というアルバムの中でも、やっぱり「Blue In Green」という曲ですかね。
龍力の香りは非常に穏やかで、吟醸香とお米の香りが溶け込んで、卵感、ミルク感みたいなものが若干混ざっている。ちょっと熟成したメロンやマンゴーのようなニュアンスが取れるのがこのお酒になるのかなと。 舌触りからして滑らかだし、 滑らかさの余韻がほぼ同じトーンで続いていく感じがあって、抜けそうで抜けないんですよね。これがこのお酒の良さだと思っています。
※ 炭濾過:粉末状の活性炭を直接タンクに投入し、不純物や色味を吸着させて濾過器に通すこと。クリアでスッキリとした雑味のない日本酒を作ることができる。
馬場:
確かに、龍力という名前の勢いに反して、夜に合いそうな。スパイシーさもある、大人な感じですね。
山内:
ジャズは穏やかな雰囲気でありながら張り詰めた緊張感もあります。
音の要素が集まって空間として醸し出されている。穏やかなスローテンポなジャズが合う。
ジャズと酒造りに共通するセッション性
馬場:
ジャズというジャンルの特徴に、セッションがありますね。その日の天気や体調、様々な複合的な要素があって一発決めみたいなところがあります。そこが日本酒造りの向き合い方にも繋がるのかなと。
山内:
なるほど。日本酒を造る過程でも、現場の温度、湿度みたいなもので当然ブレていくんですよね。目指したい方向もある程度ありつつ、そのブレを許容しながら造る。
その場に最適な状態をちょっと拾い込んで演奏する雰囲気と、お酒を造っていく雰囲気というのは、繋がるところってあるのかなと。
あと波動みたいなものは多分あると思っていて。
日本酒って雪国で作ることが多いので、薄暗くて、雪が音を吸う中で醪の音だけがプチプチと響いている。薄く、低い音、小さい音でかけるのだったらこういう曲なのかな。まさにこの龍力さんのイメージとは繋がるところがありますね。
そして「Blue In Green」もとてもいいんですけど、ジョン・コルトレーンも良くて。これも別にミュートははめていないと思うんですけど、抑えてるんですかね。そんなに広いところで吹くのではなく、その場を音で満たそうとして出している音だと感じるんですよ。ソフトな印象っていうのもちょっと近いかなと思っていて。
※ジョン・コルトレーン:アメリカ合衆国ノースカロライナ州生まれのモダンジャズを代表するサックスプレーヤー。
馬場:
セクシーな音になりすぎていないですね。優しかったり、ちょっと俯瞰してニューヨークの街を見てるような。主張が激しすぎない、包み込んでいる感じありますね。
視点によって変わるペアリング
山内:
このお酒って、低温熟成させてたお酒を2つ掛け合わせているんです。合わせる前はそれぞれのお酒を近い視点で、心血注いで造っていくけど、その後絵の具のように2つを混ぜて描きたいかというと、ちょっと話は変わってくると思うんですよね。混ぜるというより構造が2段になっているところがあるのかなと。
馬場:
主観と客観の2段構造ですかね。
山内:
はい。そしてお酒を掛け合わせて出てきてしまった、ちょっと尖った部分っていうのを、最後フィルタリングするようなイメージで丸めているのが、このお酒の姿。
そういう意味ではちょっと俯瞰でものを見ているっていう感覚です。
馬場:
しかも熟成させるという、耐え忍ぶ手間暇があるんですね。
山内:
ニューヨークの夜景も、解像度高い夜景じゃなくて、霞がかかっているような感じがあると思うんですよね。 そういう意味でも、バランス取れているところがあって。
音楽もどちらにしようか迷いながらマイルスのミュートトランペットの方が距離感としては掴みやすいのかなと。
馬場:
トランペットの伸びとかこの味の始まりと終わりのイメージを考えると確かにマイルスなのかも。さっき言った主観とか客観というところだと、コルトレーンの方が合う気がします。
面白い、視点によってペアリングの仕方が変わりますね。
山内:
それこそ今2人で話すことで、ある意味構造的な部分を取り出して、どこにどう当て込んでいくかっていう議論でお互いが共感し合ったりとかね。
お酒の味わいもそうですし、楽曲1曲にしてもいろんな見え方がするはずです。そういう意味では、ちょっと合わせるのにも、冒頭にあてるのか、全体にあてるのかというところもまた違ってくるところがあると思います。
馬場:
好きな構造を自分で見つける愉しさがありますね。
山内:
そうですね。自分で見つけてしまえば、普遍な部分ってあるじゃないですか。
自分の想いの中に最後に残っているものが、お酒に対しても音楽に対しても見つかっていくのかな。
そこを結びつけられる何かがあるな、と最初に思いついたのがこのお酒です。