本記事は、陶芸家 石川隆児さんとの酒器座談〈後編〉です。
後編では、石川さんのうつわ作りときょうの日本酒について、更に深くお話しすることができました。
読むと日本酒がちょっと面白く、そして旨くなる。ぜひ、お愉しみください(前編は こちら )。
🍶 矛盾とは、対比関係が共存した豊かさ。
🍶 内側の美しさが外側の美しさを作る。
🍶 日本酒と酒器は、大人が遊びを取り戻すための道具。
矛盾した魅力があるもの
濱道(きょうの日本酒):
焼き物って物質的には硬いものだけど、陶芸家の皆さんは「柔らかいうつわ、優しいうつわ、可愛いうつわ」という言葉を使っていらっしゃるお話を伺って、女性名詞、男性名詞の文化を思い浮かべました。海外ではモノに対しての表現を、he、sheと呼んでいるところがあって、例えば船は女性名詞なんです。 石川さんのうつわの柔らかさの本質は女性名詞なのかなと。
石川(石川隆児氏):
なるほど、面白い視点ですね。陶芸って男の世界な感じがありますけど、やっぱり僕の中では、可愛げみたいなものが魅力の最高地点にあるような気がしていて。嫌味のない魅力みたいなものは、やっぱり愛おしくなっちゃうなと。 そういうものをうつわに感じる人たちがいるのかもしれないですね。特に酒器に。
濱道:
私たちも、自分たちの日本酒は可愛いという表現をいつもします。かっこいいと言ったことはあまりなくて。そういうところも石川さんの酒器の可愛さとちょっと通じるところがあって、すごくしっくりくると思っています。
石川:
僕の中でずっと「矛盾」というのが大事な言葉だと思っていて。一般的にはネガティブな印象かなと思っていましたが、矛盾するということは、異なる2つのものが同時に存在できている、というポジティブな状態のことかなと。そのバランスの取れた状態は、とても豊かなこと。
可愛らしいきょうの日本酒をかっこよく伝えることは、すごく心地いいなと感じています。
自分のうつわも、可愛らしい曲線と切れ味のある口作りという対比を1つのうつわにしていて。色々な対比を1つの造形に入れるというのは、意図的にやっています。今回の銀彩酒器には、「銀と白」そして質感の対比を1つの酒器に収めました。1つに収まっているものは美しいと感じています。
濱道:
なるほど、確かに色々な要素の対比が詰まっていますね。
石川:
この話を昔「品格」という言葉で教えてもらったんですが、品格の「品」は、上品だねとか、女性的なものを褒める時に使われる。品格の「格」は格があるねとか、重厚感のある男性的なかっこいいものに対して使う。
「品」と「格」が一緒になっているということは、女性的でもあり男性的でもある。矛盾した魅力があるものに品格があるよね。と説明してもらって、すごくわかりやすいなと。そのあたりから矛盾って大事なんだなと思い始めました。
優しいとか可愛い。でもそれだけじゃない、地に足のついた造形感とか手持ち感などがあると、1つに収まらないことによって、そのものをずっと魅力的に感じられるということもあるなと思います。
自分のうつわを作る時にも、活動し始めたばかりの頃にはちゃんと両方入っているか?というのはすごく注意が向いていました。
濱道:
自分たちが今までしてきたことに、矛盾があったかなと振り返り始めました。例えば、きょうの日本酒のどこに矛盾があるかなと。
石川:
きょうの日本酒にはあると思いますよ。日本の酒蔵、日本酒の文化って伝統的な堅い世界の中で、きょうの日本酒はクリエイティブな新しい表現。創造性をすごく感じます。
奈雲:
飲みやすく距離感近いものにしているけれど、日本酒の体験価値を上げるという点を丁寧に試みています。身近にすると言いながら、体験としてはきちんと向き合った、深さを持ってほしいと思っています。
石川:
きょうの日本酒は丁寧に飲みたいという、情緒と気持ちの向き方、それがデザインされているのかなと思うんですよね。そういう風に気持ちが向いていくように。
丁寧に作られたお酒を丁寧な瓶に入れて、皆さんに丁寧に届ける。それをお客さんが1人で愉しむか、みんなで愉しむか、みたいな。そういうところを、ぜひInstagramとかで見せてほしいですけどね。
濱道:
すごくしっくりきました。矛盾と対比があることで、課題解決になってるということ。きちんと価値になるということが。
― 料理家の中本千尋さんが作った日本酒に合うつまみたち
石川:
僕はなんでも対にして考えるんです。対にして考えることを大事にしています。細かく見たら、ぐっと広げて、また細かく見て。今はどの要素のどの辺を狙っているんだろうということも、視野を広げた瞬間に大体わかってくる。
視野を広く持つというのは、人生においても重要なことの1つじゃないかと。視野が狭くなった時に、失敗する可能性が高まるんだろうなと思っています。なので極力引いて見るようにしています。
奈雲:
解決できる対比を見つけられないですからね、視野が狭いと。きょうの日本酒も日本酒業界ど真ん中ではありません。そんな僕らだからだからこそ作れる対比があるはずだと信じています。
石川:
客観視と自分で思っている一方で、主観で突破できる人たちにもずっと憧れがあります。 きょうの日本酒の皆さんで考えると、それをやっているのは、多分酒蔵さんたちなのかと。各酒蔵でお酒という形で作り上げてこだわり抜く突破。それを外の視点できょうの日本酒が仕上げて整えていくというのが、すごく噛み合っているなと思います。
濱道:
今日をきっかけに、取り組む際の考え方が変わりそうだなと思います。対比という視点大事ですね。
石川:
対比で言うと、うつわを作る時に聞いたのは、中と外だよ。と、みんな言います。 中よりも外側の造形がまず目につくじゃないですか。でも外側がかっこよくても、内側が疎かになる人もいるんですよね。誰もが言っていたのは、内側が綺麗になるから外の造形が美しくなる。外を作ろうとしても中は作れない。内側の張り出しが外に影響するから、造形ほど中が大事だよって。 中が綺麗でも外が綺麗じゃないというのは、よっぽど意図的にやらないとそうはならないと思うんです。中が大事というのは、まさに中と外の対比。中への意識がきちんと入っているうつわは、やっぱり人気の作家さんに多いように思います。
濱道:
うつわに関して、中と外で表裏一体でもあるように、本当に影響しあうものだと思います。日本酒でも、中と外が実際に繋がっているわけではないんですが、最後まできちんと酒質だったり中身にこだわっているところは、それがパッケージにも現れている気がします。
石川:
僕もうつわの形の解釈しかなかったですが、一緒ですね。中と外っていうのも対比構造、永遠のテーマですね。こういうことを、まさにお酒を飲みながら話したいです。
大人の遊びを引き出す道具
奈雲:
大人がお酒を飲むのって、日常生活から少し離れ、子供に戻れる瞬間を作っている行為だなと思っていて。これまでの石川さんとの会話も、愉しさを探る、ルールのない遊びを一緒にしているような。お酒はより、そのスイッチを入れてくれますよね。
石川:
お酒が遊びの時間を引き出しますね。うつわ、酒器も。お酒に関わるうつわである酒器は、遊び道具ですね。お酒と料理、どれを合わせようかっていうのも、その人の遊びの時間が始まっていて、それをどんな味わいなのかっていう愉しみもお酒の時間ならではの魅力があると思います。そしてどんどん酔って遊びが加速していく。
奈雲:
子供のときに熱中していた遊びって、普通は大人になる過程で失っていきますよね。でもみんな昔持っていた体験だから、子供の頃どういう遊びをしていたかと聞くと、盛り上がります。お酒はもう一度その気持ちを引っ張り出してくれる気がしますね。
石川:
自分が今好きなことをやれているのは、高校生ぐらいまでの義務教育的なレールから飛び降りたという意識、自覚があります。その瞬間から、解放されたなという感じが。それプラス、自分で責任取らなきゃいけないという怖さも多少はあったんですけど、何か道を作っていくということは、自分で遊びを作っていくという言葉に置き換えられるかもしれないです。
奈雲:
きょうの日本酒としても結構テーマかもしれないです。矛盾と遊び。 丁寧な情報発信をしたいですが、遊び心を失っちゃいけない。我々は遊びを提供しているんでしょうね。その遊びの道具としての酒器だったり、日本酒だったり。あなたが好きなように遊んでほしいっていうことを、忘れちゃいけないし、押し付けちゃいけない。絶対にこうするべきみたいなことは発信しちゃいけないと思います。
― BIG BABY ICE CREAMさんとコラボした日本酒アフォガート
濱道:
最初からそこにずっと迷いがあって、お酒を愉しむ時に「こうするべき」というのはあまり言いたくないんです。自由であってほしいなと。でも何も言わないと困っているお客さんもいらっしゃって。例えば、1番いい飲み方を教えてほしい、ペアリングの情報を教えてほしい、ガイドが欲しい、と。私たちとしても、こちらからガイドをする、情報を与えるっていうところと、自由に愉しんでほしいという気持ち。そこのバランスが難しいなと感じています。
石川:
僕も権威みたいなことはやっぱり苦手ですね。そうなると離れたくなる時が来てしまう。最初はよくても、段々と自分は合わないかもなと。 ペアリングの正解を聞くのは、業界の正解的な感じはします。でもそうではなくて、あなたの正解を自分で探せばいいんじゃないかというのが、まさに自由な提案。その正解に捕らわれないでくださいというのが、酒器とかお酒を飲む時間とかの、遊びというニュアンスに含まれるクリエイティビティだと思います。正解を気にするなっていう、大きな裏のテーマみたいなのもあるかもしれないですね。
濱道:
自由に愉しんでもらう、遊びに夢中になってもらう。重なる部分がありそうですよね。
石川:
きょうの日本酒で、「愉しむ」という字が難しい方の漢字をよく使われていますよね、僕もすごく好きなんですけど。「楽しい」は外的要因で、難しいほうの「愉しい」は、きょうの日本酒の世界観が表れているのかなと。
奈雲:
遊びと繋がってくる話になりますね。前のめりに、能動的に見つけに行く「愉しさ」みたいなところ。大人になってもう一度取り戻すってことなんでしょうね、子供の時を再び。だから、難しい方を使っているのかも。
濱道:
きょうの日本酒では、必ず意識して「愉しむ」を使ってますね。受動的に、考えずに「楽しむ」のではなくて、自分から前のめりに遊びにいく感じ。
石川:
「愉しむ」からきょうの日本酒の哲学が伺えるというか。お酒は商品で形あるものですが、この形で生まれた背景の考え方、方向性がないと長続きしないですよね。なぜ生まれたのかな、この人たちはどういう考え方なのかなみたいな。こういうものに興味を持つ人はその先の話にも興味を持ち続けると思うので。きょうの日本酒のみなさんとこういう話ができてよかったです。
濱道:
石川さんのうつわ作りときょうの日本酒で、共通のテーマが散りばめられていますね。 今回のお話を通して、しっかりと言語化ができた気がします。私たちもすごく学びがありました。 貴重なお時間、ありがとうございました。
(2024/03/16 新発売)石川隆児さんの、きょうのうつわ
大人が遊びの時間を取り戻すために、日本酒を酒器で呑み愉しむ。前回大好評だった、石川さんの酒器と日本酒のセット。新しい酒器を加え、販売中です(なくなり次第、終了)。
https://kyouno.jp/blogs/info/kyouno-utsuwa-ishikawa-ryuji-2
石川隆児さんのインスタグラムはこちら