きょうを潤してくれる、旨い酒。では旨い酒ってなんでしょう?そんな探究心から、日本酒の旨さをつくる様々な方にお話を伺い発信していくジャーナル「旨い酒ってなんだろう?」。
本記事は、土田酒造 星野杜氏へのインタビュー記事の〈後編〉です。きょうの日本酒でもファンの多い土田酒造さん。後編では、2023年8月に販売を開始した「シン・ツチダ」シリーズを深掘りさせていただきました。
読むと日本酒がちょっと面白く、そして旨くなる。ぜひ、お愉しみください(前編はこちら)。
この記事のハイライト
🍶 思い立ったらすぐ試す。1シーズンで、失敗から発見まで。
🍶 あまりの美味しさに酒にしたくなった。食べて美味しいプリンセスサリー。
🍶 はちみつ、ココナッツサブレ、ハヤシライス・・・。シン・ツチダの愉しみ方。
造ってみたら旨かった!急遽、試行錯誤が始まったシン・ツチダ。
南部(きょうの日本酒):
いよいよ今回新しくお取り扱いさせていただくことになった「シン・ツチダ」について聞かせてください。
シン・ツチダは、名前からして今までの土田さんのお酒と一線を画したものなのかなと思います。例えば土田さんの代表銘柄「土田 生酛」とはどう違うんでしょうか?
星野(土田酒造 杜氏):
「シン・ツチダ」の世界観は、吟醸造り、米を磨きに磨いていくという技術の反対側にあるものなんです。
そういう意味で、「土田 生酛」とも反対の位置にあるお酒です。
90%精米、つまり米を磨かない、さらには酵母無添加でやることで、こんな味もあるということを知ってもらいたい。こんな表現も日本酒にはあるんだよっていうことが伝わったらいいなと思っています。
南部:
まさに、日本酒の味わいの幅を知れる2本だと思っています。土田生酛は綺麗で軽やか、シン・ツチダは素朴でパワフルなお酒というイメージです。
シン・ツチダを始めるきっかけはどういうものだったんでしょうか?
星野:
実はシン・ツチダの誕生のもとは飲食店のPB商品だったんですよ。
90%精米・酵母無添加という縛りで造って欲しいという依頼でした。それまで僕たちもやったことがなかったんですが、やってみたら旨かったんですよね。
それで、これもっと造った方がいいんじゃないかって、社長がピクッと来てしまって(笑)。 シーズン中にも関わらず、計画になかった酒造りがどんどん始まりました。
酵母無添加で確実に造る方法を探して、最初は菩提酛(*)と山廃酛(*)を掛け合わせるというやり方から、最終的に生酛(*)にするとうまくいきそうだと。
1シーズンで一気に試行錯誤して、失敗しながらうまくいくやり方を見つけていきました。
そして平成30BY(*)に、試作段階のものを「Initial M」として世に出したんです。これが、シン・ツチダの前のモデルなんです。
*菩提酛:ぼだいもと。室町時代に誕生したとされる古来の製法。乳酸発酵した酸性の水(= そやし水)を酒母(日本酒を造る土台となる液体)に使うことで、雑菌の繁殖を抑えながら、酵母が活動しやすい環境を造る。水酛(みずもと)とも呼ぶ。
*山廃酛:生酛造りの派生といえる造り方。生酛造りにおける、米をすり潰す作業「山卸(やまおろし)」を行わない。
*生酛:自然の力を活用した、昔ながらの日本酒の造り方。お酒造りに必要な乳酸菌を添加せず、自然の中の乳酸菌を取り込むことで酒母を造る。
*BY:Brewery Year(醸造年)の略。醸造年度は7月1日から翌年の6月30日を一年度とする。
教科書的には”ダメ”なこと。でも、旨かった!
南部:
突発的に始まったものだったんですね。
星野:
そうそう、その年にたまたま思いつきでやってみて。だから実は「生熟成」せざるを得ない事情なんかもあったりしたんです。
いろんな都合で「Initial M」の瓶詰めが遅れ、火入れをしていない状態で、プラス5度ぐらいの温度で、1, 2ヶ月置いておくことになってしまった。
でも、販売前にそれを飲んでみたらすごい旨くなってて!
あれ、「生老ね(*)」ってなんだっけって。これってそんなに悪いものなのか?生老ねがむしろプラスに働いてるぞっていう発見がありました。
これで新しい方向性を見出して、次の年には本格生産してシン・ツチダとして発売することにしました。いまでも1~2ヶ月の生熟成をさせてから、火入れをしています。
*生老ね:なまひね。老香(ひねか)とは、日本酒の劣化臭のこと。火入れをしていない生酒は、温度によって容易に風味の変化が生じ、生老ね香が発生しやすい。劣化臭、オフフレーバーとされるため、マイナス5度程度で保管することが一般的。
南部:
これは驚きです。シン・ツチダは、今年造られたものでも、すでに香ばしい熟成感があるなと思っていましたが、あえての生熟成によるものだったんですね。とても面白いです。
食べて美味しいプリンセスサリー。だから、お酒にしたくなった。
南部:
プリンセスサリーも、今年から「シン・ツチダ」シリーズに入りましたね。こちらはどういう背景があったんでしょう?
星野:
基本的に作り方をシン・ツチダと同じにしてるんです。そこをぶらさないことで、あの米の良さを感じてもらえるかなと思っていて。
南部:
タイ米であるプリンセスサリーの良さ、ということですね。
星野:
そうそう、プリンセスサリーってすごく爽やかな香りがあるんです。しかも有機栽培で手間のかかる作り方をしていただいているお米で、食べてシンプルに旨いんですよ!爽やかで軽さがあって、暑い夏でもサラっと食べれちゃうような。
この米の良さを表現するために、できるだけニュートラルな状態で作りたい。香りが高い酵母だとマスキングされてしまう。一番香りが低いとされる6号酵母でさえ香りが邪魔になるだろうって思った。
だから酵母無添加で、シン・ツチダのスペックに合わせることにしました。ただ、生熟はさせてません。そこはシン・ツチダと差別化したくて。プリンセスサリーはよりフレッシュさを大事にしています。
南部:
プリンセスサリーというタイ米で日本酒を造るという、その挑戦のきっかけはなんだったんですか?
星野:
もともとは米作りに興味を持って、群馬県の藤岡市にある農家さんに勉強に行かせてもらいました。田植えをやってみたり、考え方を聞いてみたり。
そのときお昼ご飯に、その方が作っているプリンセスサリーとカレーをいただいたんですが、もうシンプルに旨くて!
こんな米が日本でも作れるんだねっていう驚きと、あとは米が旨いと酒にしたくなるっていうのが条件反射的に(笑)。
社長も一緒にいたし、これで酒作ったらどうなんだろうねってムズムズしちゃったんです。帰りにはもう造る気満々になっていました。
南部:
それもきっと、普段から食用米でお酒を造られている土田酒造さんならではの反応ですよね。
星野:
そうかもしれません。
最初の研究醸造のテーマは、あのポップコーンのような香りを残せるか、っていうことでした。
結局残らなかったんですけど、それはそれで、そういうことが分かったという研究結果になったのでいいんです。この米は旨いから、このまま使っていこうということになりました。
プリンセスサリーは、海外で酒造りの可能性も示したお酒
星野:
そしてもう一つ、あのお酒は、海外での酒造りのきっかけになる可能性を持っていると思います。
世界の生産量で見ると、80%は長粒米(※ 細長い形状のインディカ米)です。でも日本人はジャポニカ米を食べて、ジャポニカ米で酒造りを磨いてきた。そのままだと海外に造りを持っていけないんですよね。
でも「シン・ツチダ プリンセスサリー」はインディカ米で、しかも磨かなくてもOK、っていうことを見せることができた。ここに注目してもらって、在インド日本国大使館から機会をいただき、ブータンでお酒造りの可能性について、話をすることにもなりました。
うちの場合、酵母も無添加なので、麹菌さえ持っていけば、現地の米で、磨かずに、そこにいる菌で酒が造れるぞと。そういう可能性を持ったお酒になってしまったんです。
とにかくやってみる。やってみないとわからない。
南部:
好奇心から始めたことが、大きな話に繋がってきたんですね。
「シン・ツチダ」シリーズの90%精米という縛りは、お米の味をしっかり残したい、というこだわりから取り組まれているんですか?
星野:
そうですね。90%精米も、やってみたら旨かったっていうのがやっぱり大きくて。
今まで磨くことが正義だった世界で、磨いてないけど旨いっていう酒ができた。
なんで旨いかって言ったら、やっぱりアミノ酸の旨味ですよね。
これもセオリーでは嫌われるものです。
でも、そもそも昔はそんなに米を磨いていなかったはずですから、シン・ツチダみたいなお酒が普通だったのかもしれません。時代の流れで、綺麗なお酒をみんなが目指すようになって、そういうお酒は忘れ去られていた。だから、シン・ツチダが逆に新しいということだと思うんです。
南部:
今日のお話で一貫しているのが、業界の定説を信じない、ということ。これが本当に土田酒造さんらしさ、ですね。
星野:
そうなんでしょうね。常識にとらわれないし、やってみたら旨かったっていう発見は、当然やらないとわからなかったことです。
新しいことにトライしても結局やめちゃったりとか、そもそも取り組まないとかって、結構あると思うんですよ。そういうお蔵さんの方が多いのかなと思うので、とにかくやってみるっていうのは土田酒造らしさだと思います。
すぐ飲みきらなくて大丈夫。味の変化を愉しんで。
南部:
シン・ツチダ、そしてシン・ツチダ プリンセスサリーは、どういう愉しみ方がお勧めですか?
星野:
常温からお燗を基本としてお勧めしているんですけど、プリンセスサリーについては冷たくして飲んでもとても美味しいです。
あと、開栓した後に味がどんどん変わっていくので、常温で置いといて、味の変化を愉しむというのも面白いです。変にすぐ飲み切ろうと思わないで大丈夫、というのはよく言ってますね。
南部:
土田さんのお酒はすべて、味の変化を愉しめるお酒だなと思っています。
開けたらすぐ飲みきらないと、というのはお家で日本酒を飲むハードルになっている部分もあると思います。味の変化を愉しむという気持ちで臨めると、より愉しみやすくなりますよね。
星野:
そうそう、なんか割と自由でいいんじゃないかなと思ってます。
温度帯もそうで、各メーカーさんから、お酒のおすすめの温度帯を出すことって多いじゃないですか。あれにしたって違う温度帯にしても美味しいよねっていうことはあるし。
南部:
愉しみ方の幅が広い、というのは土田酒造さんのファンが多い一つの理由かもしれませんね。
星野:
そうできてると嬉しいですね。
酒蔵は、お酒を飲むときの体験まで造ることはできないんです。お客さんにお酒が渡った時に、必ずしも万全の状態で飲んでもらえるかわからない。
そうなると、どんな飲み方をしても美味しいということが、そのお酒で良い体験をしてもらえる可能性を高めているかもしれない。
蜂蜜、ココナッツサブレ、ハヤシライス。ペアリングのすすめ
南部:
お料理との合わせ方だと、何かアイデアはありますか?
星野:
シン・ツチダは、日本酒度(*)がマイナス15ぐらいあるんですよ。結構酸が高いので、バランスを取るために甘みを持たせてあるんですが、そこにフォーカスするとおもしろいペアリングができます。
例えば、蜂蜜をティースプーン一杯、それを口に含んで、シン・ツチダのお燗を追いかけると、口の中で溶けあってめちゃくちゃ美味しい。びっくりしますよ。
南部:
いきなり面白い組み合わせが出てきましたね。もう試したくなってきました。
*日本酒度: 日本酒に含まれる糖分の量を示す単位(正確には比重を示す)で、プラスであれば糖分が少なく辛口、マイナスであれば糖分が多く甘口となる。
星野:
あと、ココナッツサブレ!普通にスーパーとかで売ってるやつですけど、シン・ツチダととてもよく合います。
プリンセスサリーも、シン・ツチダと方向性は同じなので、シン・ツチダと合うものは、どれも大外しはしません。
南部:
僕たちもいろんなペアリングを試してるんですけど、シン・ツチダとボロネーゼがとてもよく合いました。セブンイレブンの「金のボロネーゼ」という商品だったんですが、肉を煮込んだ感じに、シン・ツチダの熟成感というか、味噌感みたいなものがぴったりで。
星野:
そう、肉も合うんですよねえ。
南部:
黒酢酢豚も絶妙でした。シン・ツチダって甘酸っぱくて、旨味もぎゅっと詰まってるじゃないですか。黒酢酢豚の酸味、コク、旨味、みたいなところに全部ぴったりで。あとビーフカレーも合いました。
星野:
わかります!それでいうとハヤシライスもぴったりなんですよ!イチオシですね。そういう味濃いめの料理にも、本当によく合う。
結構、幅広いんですよ。その包容力の高さって、アミノ酸の高さが効いてるんじゃないかと思います。
アミノ酸って、味と味の橋渡し的なところをやってくれると思ってるので。
南部:
山内先生と一緒に、ペアリングの実験をしてたんですが、山内先生(*)もシン・ツチダのポテンシャルが高すぎる、と驚かれてました。何にでも合う。チーズとかもいいですよね。
星野:
そう、チーズとも合うんですよね。山内先生はチーズにも詳しい方なので、とても嬉しいです。
*山内祐治(やまうち ゆうじ) 湯島天神下 すし初 四代目。J.S.A.sakediploma コンクール初代優勝。アカデミーデュヴァン日本酒講師。「きょうの日本酒」日本酒ディレクター。
日本酒好きにも、馴染みのない方にも好かれるお酒
南部: 僕が日本酒を勉強し始めたころ、最初にこのお酒が美味しかった!とメンバーに共有したのも土田酒造さんのお酒でした。メンバー一同、土田酒造さんのお酒が大好きです。そういえば、山内先生も、酒蔵を訪問した際とてもテンションがあがってましたよね(笑)。
イベントでも人気なことが多いです。普段日本酒を飲まない方にもすごくハマりやすいですね。
よくお酒を飲む方にも、あまり日本酒に馴染みのない方にも、どの方面からもファンがいる土田酒造さん、やっぱりすごいです。
星野: ありがとうございます。味の幅を持たせていろんなお酒を造ってますし、多くの方に好きになってもらえてたら、とても嬉しいです。
個人的には、これだけ表現の幅を出せるんだ、というのが杜氏である僕の価値にもなると思っています。
南部: 最後になりますが、土田酒造さんには、きょうの日本酒の立ち上げのときからお酒をご提供いただき、本当に感謝しています。
星野さんから見た「きょうの日本酒」って、どういうブランドか、一言いただけますか?
星野: 自分たちでは届けられないところに届けてくれる、新しいタイプの酒屋さん、だと思ってます。
前にイベントにもご一緒しましたが、東京のおしゃれなホテルのレストランで、若い人たちがこんなに日本酒を愉しんでくれるんだ、ということに驚きました(※筆者注: 日本橋cavemanでのイベント)。
それと、酒蔵のブランドをそのままに、蔵やお酒 の良さを伝えようとしてくれるのが素敵だなと思います。新しいPB商品を造りましょう、という引き合いは結構いただくのですが、そこも新しいなと最初に思いました。
きょうの日本酒から入って、若い人たちにも、お気に入りの酒蔵、銘柄を見つけていってもらえると嬉しいですね。今後も、期待しています。
土田酒造飲み比べセット
米のうまみをまるごと日本酒に落とし込む造りによって、一度味わうと忘れられない驚きを提供してくれる土田酒造。定番の土田生酛と、蔵の個性が宿りつつも全く異なる味を持つシン・ツチダ。星野杜氏の技により造られた味の幅を、ぜひ飲み比べてお愉しみください。
- シン・ツチダ
- シン・ツチダ プリンセスサリー
- 土田生酛
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