旨い酒ってなんだろう?
Journal
テロワールと熟成ピーク。いまの日本酒にない概念を求め続ける:本田商店〈龍力〉蔵元インタビュー
Journal

テロワールと熟成ピーク。いまの日本酒にない概念を求め続ける:本田商店〈龍力〉蔵元インタビュー

旨い酒ってなんだろう?

きょうを潤してくれる、旨い酒。では旨い酒ってなんでしょう?そんな探究心から、日本酒の旨さをつくる様々な方にお話を伺い発信していくジャーナル「旨い酒ってなんだろう?」。

第五弾は、本田商店龍力 5代目本田社長のインタビュー記事です。

龍力オリジナルの新品種として、12年の歳月をかけて2022年4月12日に酒造好適米『神龍錦』を作り出した本田商店 龍力。新たな挑戦を続ける本田さんにお話を伺いました。

この記事のハイライト

🍶 「12年の研究の末に新種開発した酒米『神龍錦』」

🍶 「3代目が20年間かけた土壌の研究を酒造りに活かす。それが本田商店のテロワール」

🍶 「味を感じるはずじゃないところで余韻を体験させる酒を造る」

濱道(きょうの日本酒):
今日はよろしくお願いします。
本田商店さんは2年前に新たな酒米『神龍錦』を作られましたが、どのようなお米なんですか?

 

本田(本田商店 龍力 社長):
『神龍錦』は『山田錦』と『神力』という酒米から生まれました。
見た目はお父さん『神力』に似て、性能はお母さん『山田錦』に似ています。

両方とも播州で発見されたお米なんですが、同じ土地で発見された異なるタイプの米を交配させて自社で開発したら面白いなと考えて始めました。

新品種は、稲の花が咲きそうな時期に、1粒ずつ花粉をめしべにかけて交配させていきます。

次の年に実になるんですけど、まだ1粒だけだからわからない。その1粒から徐々に量を増やし、ある程度量ができたら、やっと田んぼで撒けます。

田んぼで稲の高さがバラバラになると、交配成功なんですが、わかっても3年後。

更に量を増やしてから初めて選定作業をし、背の高い稲、低い稲だけを合わせて、それを何度も繰り返して大体8割くらい同じ高さで揃うようになって、やっと新品種かどうかテストが受けられます。

なので10年ぐらいかかるんです。

濱道:
気の遠くなるような作業ですね。
『神力』も昔龍力さんが復活させていましたよね。

 

本田::
『神力』はもともと地元に存在していたお米で、7年の歳月をかけて1992年に約100年ぶりの復活に成功しました。神力ってすごい名前ですよね。神の力。 笑

元々は名前が違ったんです。器の量が良いで、器量良(きりょうよし)。このお米が稲の付きも良いし米質も良く、当時の他の品種と比べても生産量がすごかったため、これは神の力だ!と、名前が変わり、重宝されていました。

『山田錦』というお米もなかなかすごくて、1936年2月27日に登録されてて、今年88歳。米寿です。今尚トップに居続けるってすごいですよね。88年手直しせずにずっと作られ続けてるものって、ほとんどないと思います。

30年前に、『神力』を復活させて、そこからいま、新しい米『神龍錦』を作りました。

※山田錦:酒米の王様と呼ばれる酒造好適米の代表的な品種。主な産地は兵庫県で、「特A」と呼ばれる山田錦を生産しているのは、古くから酒蔵と産地が連携して品質を高めてきた兵庫県のみ。

※播州:播磨国(兵庫県南部)の別称。

本田商店が考えるテロワール

濱道:
以前本田商店さんの蔵に伺った際、土壌モノリス(地面の断面をそのままの姿で固定した標本)を見せていただいたのが印象的でした。

 

本田:
あまり見ないですよね。笑

山田錦は全国各地で作られていて、酒米は特上、特等、一等米、二等米、三等米、等外米と格付けされますが、兵庫県では大体95%は山田錦として合格するんです。県外では悪い時は4割〜6割くらいだったりすることもある。

やっぱり兵庫県の適性。土壌の違いってあるよね、という話になります。

テロワールという言葉があって、元はテラ(terre)という土地を意味するフランス語があり、その土壌とか地域性がお米(葡萄)に現れますよ。という意味です。

ただ、日本語にそういった言葉がないんですよ。合致はしないけど、そういうニュアンスがある言葉として地産地消が結びつけやすかった。

よく野菜農家の方の顔が載った野菜が売られていたりしますが、この土地で、この人が作りました。みたいな話になるわけですね。日本のテロワールは土壌の話ではなく、作り手の話になっているんです。

でもこれを外国に持っていっても、テロワールの捉え方が違ってしまう。

じゃあ今僕らが考えるテロワールってなんだろうとなった時、たまたまうちの3代目(先々代)が20年間土壌の研究をしていました。 

3代目の土壌研究から繋がる酒造り

本田:
山田錦は山田錦であって、土地が違うことで味が違うなんて聞いたことない、と他の蔵からは言われていました。でも我々は3つの特A地区からお米が入ってくると、できる酒が違うことに気づいたんです。

これを調べていくと、どうも地面の成分が違う。気候も左右するかもしれないけれども、土壌の方が味の違いに繋がるんじゃないかなと考えました。

それを酒と組み合わせていこうというのが僕が始めたテロワールなんですけど、土地それぞれで味わいが違うなら、同じ酒造りをしてもその特徴は出るなと。

3代目が一生懸命やってきた土壌の研究も活かしたいなと思って。あの人の生きた軌跡を伝えたくて、やり始めたんです。

 

濱道:
土壌研究から酒造りに繋がっていくなんて面白いですね。

本田:
本田商店の成り立ちは、元々造り酒屋じゃないんです。

初代の兄が酒造りをしていて、そのお酒を売るために本田商店という小売酒屋さんをオープンしました。

小売酒屋をやっていたら、当時貨物列車が停まる駅に近かったため、酒屋へお酒を卸す問屋を営むようになり、お米も扱うようになって、そこから酒造りも始まって。河口から川上に登っていったタイプです。笑

※特A地区:兵庫県の中で生産された山田錦の中でも良質とされるものを「特A」と言い、生産地は「特A地区」として扱われている。

What、How ではなくWhere

本田:
土壌の研究を通すと、地域の特性、兵庫県でしかできない味わい、兵庫県だからできる味っていう話ができるじゃないですか。

ここで疑問に思うのが、なぜワインは土壌の話をするのに日本はしてこなかったのか。

フランスは基本雨が降らないから、降った雨を蓄える土壌が必要で、放っておいても水が蓄えてるところがブルゴーニュやボルドーって呼ばれたりする。whereが大事なんです。

日本は川も多く水が豊富で、どこでも最低限作物が育つ環境がある。だから土壌の話は問題にならないんです。むしろ何を育てるとか、品種、栽培法だったりの話をする。whatとか how の話になります。

今の時代、whatやhow は真似できる世界になっています。

では日本でしかできないものってなんだろうと考えた時、僕は土壌の話だと思っていて。

日本って面白くて、川が多いってことは、海外では面でしか土壌がないところを、日本は点で存在するんですよ。

狭い範囲内で土壌の特徴がすごく出る。ブルゴーニュやボルドーの土壌と兵庫の土壌の特性を比較した話ができたりもする。そういう話をしていった方が、世界の共通言語で喋れるんじゃないかなと思います。

そして海外と日本では気候も違いますからね。色んなファクターがあるほど、その特徴はこうだよって言える。日本が独自の気候、独自の土壌を使っていけば、外国に向けても高付加価値が付いたものって作れるよねと。

濱道:
確かに日本では一級河川数だけでも1万5千弱も川があるようですね。土壌の種類も豊富そうです。

 

本田:
日本酒はお米の素材が3割で、7割は技術だと言われますが、レベルが上がると技術を学んだり練習するのは当たり前。技術はありきで、素材の違いがすべての違いに通じてくるというのが僕の考えです。

今、日本酒業界は昔と比べてもまずい酒がない時代になってきています。その際にどう差別化するのか。

これからは多様性の時代です。それと個性やストーリーが大事。技術は真似できてしまうので作る意味を求めていく。

そして地域性、土壌特性が求められる時代がやってくると思っています。それが、地産地消ではない僕の考えるテロワールです。

土壌と熟成で酒を造る

濱道:
なるほど。本田商店さんではテロワール、土壌特性でお米を作り、お酒を造っていますが、次はどこを目指していかれるんでしょうか?

 

本田:
今の日本酒にない概念があるんですよ。

日本酒の飲み頃のピークっていつですか。という問いに対して、答えがないんです。誰も検証したことがない。

大吟醸ができて約50年。50年の間に冷蔵設備も進化してきた。お酒の1本の瓶の中でどういう熟成があるのかもわかってきた。

お酒1本の中を分解すると3つに分けることできるんです。香り。 味・色。まろやかさ。

このうち、香りと味・色は温度で変化します。香りは積算温度で変化しますし、玉ねぎを炒めたら味が変わって茶色くなったりする、メイラード反応がおきます。

そしてまろやかさは時間です。アルコール分子を見える化するとトゲトゲしてるんですよ。これが長時間水分子と一緒にいると、このトゲの部分に水分子がコーティングされていくんですよね。

変わる熟成も、綺麗に成長してほしい熟成もある。

今本田商店では『秋津』というお酒があるんですが、毎年造って四半世紀を超えまして、28年分あるんです。造りもお米も田んぼも同じ。同じ規格の商品が。

こうして蓄積することで、今度は日本酒のピークっていうのが探れますよね。

テロワールとその熟成ピークを合わせていけば、また複合になっていきます。

余韻を体験させるお酒

濱道:
龍力が考える旨い酒とはどんなお酒でしょう?

 

本田:
僕の中の美味しいは、後味、切れがいいっていうのが美味しい。

オーケストラで例えると、指揮者がフィニッシュで指揮棒を振ったら音がバシッと切れる。その余韻が脳裏に残ってたり、耳じゃないところで感じたりしますよね。

お酒も一緒で、喉や鼻腔であったりとか、味を感じるはずじゃないところで感じるのが余韻なんですよ。

人それぞれ違う好みの世界があります。でも好みと美味しいは違う。

綺麗だけど好みじゃない、格好いいけど好みじゃない。というのがあるけど、それは個人によるので、そうではないところで、普遍的な後切れや余韻を体験させる酒を造る。だからこそ最高の素材を使っています。

濱道:
確かに龍力さんのお酒は後切れがいいお酒が多い印象です。

 

本田:
後切れを出すポイントとして蔵それぞれの手法を使っていると思うのですが、僕は後切れのいい酒を作るためには低温発酵だと考えています。

本田商店の場合、味の濃いお米を使って、吟醸造り(すっきりさせてあまり味が出ない造り)でお酒を造る。でも米の味わいが豊かすぎるから、溢れ出る魅力や色気というものがお米から出てくる。

本田商店のお酒は綺麗だけど濃いお酒というのが一つのスタイルになっています。

僕は低温熟成の世界と、土地によって変わるマクロの世界を突き詰めていきます。

 

濱道:
きょうの日本酒で取扱させていただいている『龍力 純米大吟醸 五年熟成』も、低温熟成が全体をまとめて飲み疲れがないお酒に仕上がっていますよね。

 

本田:
日本酒でもワインのファーストとセカンドみたいな考え方を作ってくべきなのかなと。

安くて土地の触りだけ見られるセカンドと、より土地の味を感じ、真髄が見られるファースト。

土地の違いって、お米を磨いた方が特徴が出てきます。

そして磨いて味が出るのは山田錦だけなんですよ。他のお米は磨くと大体味はなくなっていく。

磨いて光るのはダイヤモンドか山田錦です。笑

 

濱道:
なるほど。笑

土壌やお米の話など、とても興味深いお話を色々とお伺いすることができました。

本日はどうもありがとうございました。

※磨き:お米の表層に多く含まれる脂質やたんぱく質といった栄養素が、日本酒の「雑味」の原因になるため、表層部分を削ることにより雑味のない酒を造ることができる。一方で、表層部分は酒の「旨味」の元でもあるため、磨きによって味が左右される。

 

一覧に戻る