日本酒を遊び、文化を編む
Anthropology
月と酒、秋の夜長の物語
Journal

月と酒、秋の夜長の物語

日本酒を遊び、文化を編む

呑んで美味しいもの、だけではない日本酒。

文化としての日本酒を掘り下げたり、日本酒というレンズを通して別の文化を見つめてみたり。
自由な探求と実験を行い、発信していくジャーナル「日本酒を遊び、文化を編む」。

今回見つめていくのは、中秋の名月。

毎年秋になると、お月見の話題がメディアを賑わせます。
特に「中秋の名月」は、古くから日本人に親しまれてきた特別な月です。
しかし、カレンダーを調べてみると、毎年日付が違うことに気づきます。
2025年は10月6日ですが、2024年は9月17日でした。

なぜこんなにも時期がずれるのでしょうか。

その理由は、私たちが普段使っている「新暦」と、お月見の基準となる「旧暦」のずれにあります。中秋の名月は、もともと旧暦の8月15日と定められたもので、新暦の日付は毎年変動するのです。

この不思議な日付のずれには、古来からの人々の知恵と、季節の移り変わりを感じてきた日本ならではの文化が詰まっています。
日本人が大切にしてきた「お月見」の奥深い世界をご紹介します。

中秋の名月と旧暦の時間のずれ

「中秋の名月」は、秋の真ん中を意味する「中秋」、つまり旧暦の8月15日の夜に昇る月を指します。
旧暦では、1月~3月が春、4月~6月が夏、7月~9月が秋とされており、8月はまさに秋のど真ん中。そして、この時期の月は空気が澄んで最も美しく見えるとされていました。

なぜ、新暦と旧暦でこれほどまでに時期がずれるのでしょうか。

新暦は、地球が太陽の周りを一周する周期(約365日)を基準とした「太陽暦」です。
一方、旧暦は月の満ち欠けの周期(約29.5日)を基準とした「太陰太陽暦」で、1年が約354日しかありませんでした。
この年間約11日のずれが毎年積み重なっていくため、旧暦8月15日を新暦に換算すると、毎年日付が変動するのです。

さらに、旧暦では季節とのずれを調整するため、数年に一度「うるう月」を挿入して1年を13か月にすることもありました。
この調整も、中秋の名月が新暦の9月から10月上旬の間で大きく変動する一因となっています。

この時間のずれは、現代に生きる私たちに、かつての日本人が月の動きや季節の移り変わりをいかに大切にしてきたかを教えてくれます。
旧暦をもとにした日付を守り続けることで、私たちは昔の人々と時を超えて同じ月を眺めることができるのです。

お月見文化と日本酒の深い関わり

お月見の風習は、平安時代に中国から伝わったとされています。
当時の貴族たちは、風流を愛し、月を眺めながら歌を詠んだり、酒を酌み交わしたりする「観月の宴(かんげつのえん)」を催しました。
月を見上げるだけではなく、池に船を浮かべて水面に映った月を愛でたり、酒の杯に月を映して飲んだりと、雅な催しだったそう。
この「観月の宴」で振る舞われた酒こそ、現代の日本酒のルーツである酒だったと考えられています。

江戸時代になるとお月見は庶民の間にも広まり、単なる風流な行事から秋の収穫を祝う農耕儀礼へと変化していきます。
この時期は、ちょうど稲刈りの季節と重なります。豊作を願い、そして実りに感謝する気持ちを込めて、収穫したばかりの里芋などを供えることから、中秋の名月は「芋名月(いもめいげつ)」とも呼ばれるようになりました。

この時代、日本酒の製法も大きく進化し、火入れや三段仕込みといった技術が確立され、現代の日本酒に近い、透明で香り高い酒が造られるようになりました。
庶民はこの新しくなった日本酒を、収穫した米や野菜、そして月見団子と共に供え、一年の恵みに感謝しながら月を眺めたのです。

月を眺めながら酒を飲む行為は、「観月酒(かんげつざけ)」と呼ばれ、古くから日本人の感性と深く結びついてきました。
美しい月を見上げ、故郷を思い、家族や友人と語り合う。そんなひとときに、日本酒は常に寄り添い続けてきたのです。

日本酒の歴史にみる「月」と「米」の物語

日本酒の原料である米は、月の満ち欠けと密接な関係にあります。
古くから、種まきや収穫は月の動きに合わせて行われてきました。
新月の日に種を蒔くと発芽が促進され、満月の日に収穫するとより良い収穫物が得られるという言い伝えがあるほどです。

日本酒造りの歴史もまた月のリズムと共に歩んでおり、仕込みや発酵の管理は、太陰太陽暦に基づいて行われていました。新月や満月といった月齢は、稲作だけでなく酒造りにおける吉日を占う指標ともされていたそうです。たとえば、十五夜には収穫した新米を月に捧げて酒を供える風習があり、冬の寒造りもまた旧暦11月頃から始められるなど、月の暦は農と酒の営みを導く役割を果たしていました。

平安時代には、朝廷で「造酒司(さけのつかさ)」という役所が酒造りを管理しており、米を蒸す、麹をつくる、仕込むといった作業は、厳格な儀式として行われていました。
この儀式には、月の神様に豊作と醸造の成功を祈願する意味合いも含まれていたと考えられています。

現代に受け継がれる「観月酒」の楽しみ方

現代に生きる私たちは、当時の人々と同じように、中秋の名月を眺めながら酒を酌み交わすことができます。その楽しみ方は、時代を超えて受け継がれる特別な体験です。

まず、お月見の準備として、月見団子、ススキ、そして秋の収穫物を供えてみましょう。
ススキは、稲穂の代わりに豊作を祈願する意味合いがあり、昔からお月見には欠かせない飾りです。

そして、主役となる日本酒は、ぜひこの時期に合ったものを選んでみてください。秋は、春に絞った新酒をひと夏寝かせ、熟成させてから出荷する「ひやおろし」「秋あがり」と呼ばれる日本酒の季節です。
これらのお酒は、まろやかで落ち着いた味わいが特徴で、秋の夜長にしっとりと飲むのに最適です。

お酒を注ぐ器も、お月見の雰囲気を高める大切な要素。月見酒にぴったりの、酒器の中に月が映り込むようなデザインの酒器や、ガラス製のぐい吞みなどがおすすめです。

大切な人と静かに月を眺めながら、日本酒を一口飲む。
その瞬間、私たちは千年の時を超え、古の人々と同じ月を愛でる喜びを感じることができます。中秋の名月は、単なる天文現象ではなく、日本の歴史と文化、そして人々の思いが凝縮された、特別な夜なのです。