陶芸家 吉田直嗣さんに、きょうの日本酒のオリジナル酒器を制作いただきました。
今回、酒器の制作背景や想いを伺うため、富士山麓のアトリエを訪問。
鳥のさえずりが響く自然に囲まれた心地よい空間で、実際にろくろを回す手元を見せていただきながら、お話を伺いました。
日本酒を片手に、ぜひゆっくりとお楽しみください。
デザインから陶芸へ
小川(きょうの日本酒):
今日はよろしくお願いします。早速ですが、吉田さんはどういった経緯で陶芸の道に入ったのですか?
吉田直嗣(陶芸家):
大学時代は陶芸専攻ではなく、東京造形大学のデザイン科に入りました。
最初は椅子を作りたくて大学に入ったんですけど、入ってから椅子のデザインをしたいんじゃなくて、作りたい側なんだって気付いて。
でも、東京造形大学には工芸科がなくて、自分で作るという選択肢がなかったんですよね。
それで困っていた時、サークルで焼き物に出会って。始めてみたら、これじゃん!みたいな(笑)。
全部自分でできる、自分の手で作る方が合っていました。そのことに大学に入ってから気付いたんですけど、でもデザイン科を経たことにも意味はあったのかなって思っています。
小川:
なるほど、元はデザイン科だったのですね。
今もろくろを回しながら次々と形が出来上がっていきますが、器の形はあらかじめイメージを持って作られているのですか?それとも土を触りながら決めていく感じでしょうか。
吉田:
完全に触りながらですね。ロジックというより、かなり感覚的。
そうありたいと思っていながら、実際はそこまで完全にフリーにはできないですが。
きょうの日本酒のために最初に作ったのは筒型の酒器でした。
一番シンプルな形をまず作って、それに対するカウンターとして別の形を1個作って。で、この2つがあったらこういうのもあったら面白そうだな、という流れで増やして、最終的に4種類できました。
最後に作ったのが、一番ラウンドしていて内側が黒い酒器です。これは最初から白と黒が合いそうだなと思っていて。外側もあまり揺れがなく、仕上げのときに滑らかになるように、作りの段階で調整していました。奈雲(きょうの日本酒):
ろくろ作業のとき、土にあてているのはヘラですか?
吉田:
これはアメリカの会社が作っている金属コテです。日本では木のものが多いんですけど、金属のほうが仕上がりがシャープになって好きです。
形は同じでも、仕上がりって素材によって結構変わってくるんですよね。
同じ形を作っても、使っている道具で表情が変わってくるのが面白い。
仕事としてやるようになっても、そんなことばっかりやってみたいと思ってます。
完全に趣味の延長で仕事してる感じですね。
小川:
道具ひとつひとつにこだわりがあるのですね。
アトリエ内は小鳥の囀りや自然の音が響きますが、普段ろくろを回す時も、こんな環境で作業されているのですか?
吉田:
普段はYouTubeとか見ながらですね。結構お笑い系の動画とか見ます。あと、連続ドラマの刑事ものとか、内容がどうでもよくて(笑)、全然作業の邪魔にならないんですよ。
小川:
いい意味でイメージと違いました(笑)。親近感が沸きますね。
かたちで魅せる器
小川:
吉田さんの作品は黒と白ベースで潔い印象の器が多いですが、 何かこだわりなどあるのでしょうか。
吉田:
形が好きなんですよ。テクスチャーとか装飾で形がわかりにくくなるより、できるだけシンプルな形そのものを見てほしいと思っていて、それで白と黒を使っています。
もともと黒田泰蔵さんのところで弟子入りしていたんですが、師匠は白磁の作家でした。
シンプルさが自分の好みに合っていたんですけど、独立したばかりのころに師匠と同じものを作るのは避けて、最初の5年は黒だけを作っていました。個展会場も真っ黒でしたね。
それでずっと作り続けていたんですけど、 紅茶を入れる友達と一緒にやるときに、黒だと中が見えないので、白磁を焼いてみたんです。
やっぱり一度始めると面白くて、人気も出てきたので今では真っ白な器も作るようになりました。
小川:
制作の際は九谷の土を使っていると伺いましたが、なぜこの土を使っているのですか?
吉田:
今使っているのは【透光性磁器土】という光を透過するタイプの磁器土です。
光を通すから白さも際立つんですよね。磁器って光を通す性質があるんですが、その中でも特に透光性が強い。ガラスに近い感じで、面白いなと思って使っています。小川:
確かに焼物なのに透明度がある仕上がりですね。
きょうの日本酒では4種類の酒器を作っていただきましたが、特にこういう形を作っているときが愉しい、というのはありますか?
吉田:
酒器はあまり作ってこなかったんですが、コーヒーカップとかは作るのが愉しいですね。
普段からコーヒーを飲むことが多くて、1ヶ月で1kg豆を買ってしまうほどです。
1日3回くらいドリップして、1回で2杯分入れるので、まあまあ飲んでますね。
小川:
吉田さんの中で、心を潤すとか整えたいときにコーヒーを飲まれているのでしょうか。
吉田:
そうですね。昼間はお酒よりコーヒーです。
お酒は寝る直前で、僕にとってはオフのスイッチなんですよ。
夕飯後にも作業することが多いので、お酒を飲むとできなくなってしまうんです。
だから夕飯と一緒に飲むことは少なくて、単品でちびちび飲む方が合ってます。
普段はビールよりも日本酒、焼酎、ウイスキーが多くて、日本酒と焼酎は自分の器で、それ以外はガラスの器を使っています。
小川:
今回、きょうの日本酒のお酒を各種飲んでいただいたかと思うのですが、特に好みだったものはありますか?
吉田:
華やかな感じの日本酒とかは好きですね。つまみなしで日本酒だけで飲むのが好きなので。
そういった意味でも、きょうの日本酒の銘柄はどれも美味しかったです。
小川:
好みにあって嬉しいです。
きょうの日本酒では味の幅がありつつも、単体で愉しめるお酒を取り揃えているので。
自分の “美しい” をかたちにする
奈雲:吉田さんのアトリエには自転車も飾られているのが印象的ですね。少しメカニカルな雰囲気も感じました。
吉田:
最近は乗れていないんですが、自転車も趣味の一つなんです。
一つはマウンテンバイクなのに折り畳みなんですよ。 フレームの真ん中のところでポキって折れる。 もう一つは、組みたくて買っただけだから実際ほとんど乗ってないです。
僕、有機的なものはあまり作りたくなくて。
土ってどんな形でも作れるから、任せすぎると好みに合わない。かといって、工業製品みたいにカッチリしすぎるのもまた別の分野で、それを目指しても意味がないかなと。
ある程度コントロールしつつ、僕が好きな整い具合でそれ以上手を触れなくていいぐらいに抑えたいと思っています。
するとそんなに形は揃っていないけど、すごくずれてもいないぐらいの感じのものができる。
集団であっても気持ち悪くないっていうのは僕の感覚なんですけど、全く同じものがいっぱいあると、ちょっと窮屈な思いがしちゃうんですよ。
なんとなくバラつきがあるけれど同じシリーズ、ぐらいの感じのものが好きなんです。
そして一個一個手に取った時に、一点でも作品として成立しているというのを目指していくと、今のような作風に落ち着く感じですね。 小川:
形に関しては、デザイン科を出ているところも多少は影響されているのでしょうか。
吉田:
仕上がりに対する手跡の残り方への感覚は、デザイン科での経験が影響しているかもしれません。
あまりに手跡が残っていると、使う人にとってしんどく感じるだろうし、そんなにカッチリしすぎていても、日常の中でそぐわないのでは、と感じてしまう。
でも正直なところ、使ってほしいという気持ちもあまりなくて、僕はただ作りたいから作っています。
今回のように、お題は決まっているけれど、その中で自分のつくりたい形を選ばせてもらうというやり方が、ちょうどよくて。
自分が「これ美しいな」って思えるものを見たいんですよね。
それを目指して作っているのが愉しいです。
その先のことは、作り続けていけば、そのうち何かあるかもね、という感覚でやっています。
ただ単純に作ることが好きで続けているというのと、もう一つは、自分がもっと知りたいという欲求です。
僕が思う美しさみたいなものがあるとしても、明確に言語化できるものではなく、感覚的にぼんやりとしたもの。
でも、その “ぼんやり” が目の前に形として現れたら、きっとすごく嬉しい。
そういうものはなかなかできないけれど、できなさも含めて面白いなって思うんですよね。
表現ではあるけれど、陶芸って職人的な側面もある仕事なので、やった分しか上手くなれない。
上手さと良さは別のベクトルだけど、僕は “上手くて良い” ものを目指したい。
上手くなりたいし、いいなって思えるものを作りたいし、何より作ってて愉しいことが一番大事。
おかげさまで、ストレスはまったくないですね。
器が語る、つくり手の思考
奈雲:
素人質問なのですが、 “上手さ” って、どんなところに出てくるのでしょうか。手跡を見ると、上手い人って分かるものですか?ディテールというよりは全体観?
吉田:
ディテールって、ある意味何とでもなるんですけど、そのディテールに至るまでの工程が、何となく器から見えるんです。
同じ作り手として、この人はこういう感じで作ってるな、というのが想像つくというか。
ここが多分難しいポイントだから、粘土で残っちゃってるよね、とか。逆にそこがきれいに挽けてると上手い人だな、とか。
器を通して、作り手の思考みたいなものがうっすらと透けて見えるんですよ。
本人の意図と合っているかは分からないけれど、何となく自分の中で再生できてしまうと、その器を通して、その人の手で食べてるみたいな感覚になる。
手の大きさなんかも、なんとなく分かっちゃうんですよね。
だから僕、他人の器が使えないんですよ。自分の器が一番気楽。
奈雲:
なるほど、そんなふうに器を見ているんですね。
吉田:
陶芸って、写しという文化がある世界なんです。
いわゆる名品の形や意匠を模倣することなんですが、名品を見て、その写しとして作るのがOKとされている。
それを否定はしませんが、自分の制作としては、それだけだと意にそぐわないと思っていて。
写すにしても、僕の場合少なくとも1枚ぐらいは自分のフィルターを通したいという気持ちがあるから、写すときにちょっと要素を分解してみる。
この辺はデザイン科っぽい思考かもしれませんが、何でいいと思ったかというのを解像していくと、僕が興味を持つのは、どんな人が作ったんだろう?というところなんです。
例えば、李朝の古い器があったときに、李朝の陶工はなぜこんな作りをするのか。宮仕えでお金をしっかりもらっていたら、こんな雑な作りは絶対許されない。
調べてみると、昔の陶工はかなり底辺の仕事で、死ぬほど作って焼いて、やっと一日食べられるような人たちだった。
そういうスピード感で、やっとできた器がいま残っているとしたら――その心持ちは、僕に再現できるのか?と考えるんです。
単純に「形」ではなく、ちょっと違うところでフォーカスしてみるっていうのがいい。
そうやって自分の形を探っていたことがあるので、器を見るとついそういうことばかりを考えてしまいます。
小川:
そういう見方もあるんですね、面白いです。
きょうの日本酒も味の伝え方がしっかりありつつ、誰がどういう想いで作ってるのかというところにも、フォーカスしようと思ってやっています。
吉田:
僕の興味もそのあたりなので、好きですね。
ただ、物語を与えすぎると受け手が疲れてしまうこともあるので、僕としてはあまり伝えたくないんです。
モノだけ見てもらって、気に入ったら買ってください、というスタンス。
好みじゃなかったら、そっと帰ってくれればいい。奈雲:
美しいものって、究極的なロジックはないと思うのですが、自分が美しいと思うものが、誰かにとってもそう見えたとき――ぴったりはまる瞬間って、不思議だなと感じます。美しさが共有される瞬間って、何なのでしょうね。
吉田:
大学生の頃、近代美術館で「顔」をテーマにした展示を見たんです。
その中の一つが日本人のいろんな顔を1,000人分くらい合成して、一つの顔にモーフィングしていくというものでした。
個性的な顔の方からいろんな顔の方を平均化すると、すごく美人になるんですよ。
ということは、世の中の、少なくとも日本人が思う美人な顔は、統計的に中央値にあるということ。
美しさは多分集団の中の外れ値じゃなく、平均の中に安心感があるから、多分それも含めて感動するようにインプットされてるんだろうなと。
だから僕も、あまり変な方向でインプットしないようにした方が面白いなと思っていて、展示とか全然見に行かないです。見るとすぐ影響されて、いいなと思って作りたくなってしまうので。
僕の美しさが他人に伝わる瞬間があるとしたら、多分見ている世界観が近いんだろうなと思っています。
展示をやっていても、お客さんの系統は似てくるんです。それは多分好みが近いとか、見ているものが近いからなんだろうなと。
例えば伝統工芸みたいなものとか、薪釜でガンガンやる作家のものが好きな人は、僕の作品を見ても真ん中に入ってこない。それは見ている世界が違うので、その人に刺さらなくても仕方ないと思っていて。僕は僕で勝手に作るしかないという感じになってきています。
大体僕の展示に来てくれる男性は、黒い服を着ている方がすごく多いんですよ。ゆっくり見てくれるんだけど、話しかけると意外と喋ってくれるみたいな男性。
食器というジャンルだと普通女性の比率が多いんですが、僕の展示はかなり男性比率が高い。
器屋としては、ちょっと珍しいかもしれません。
手のひらの中の建築
奈雲:
吉田さんの器は建築っぽいですよね。 見た時、形に意味を感じやすいです。
この部分はこういうことかなって勝手に想像しやすい気がしていて、愉しいですね。
吉田:
大学の時、立体系の環境ゼミだったんです。教授の一人はインテリアの先生、 もう一人は建築の先生でした。
1年半くらいずっと模型を作らされ続けて、10cm角の立方体の中に空間を作る課題をずっと。できたらそれをデッサンしろって言われて。
当時は苦痛でしかなかったですけど、最小単位での空間のスタディは、形に意図がないと収まらないサイズで、ものすごく考えてました。 1週間に5個、1年間ですよ(笑)。
ずっとそればっかりやってたわけで、内側の空間にとても興味があります。
器ってパッと見ると外見のものなんですけど、器の外見の形って内側に準拠していくんですよね。そうじゃないと重くなったりとか、変なところが軽くなったりするので、作った時の内側の形に沿って削るんです。
学生時代のこともあって内側に興味があるから、器は親和性が高くて、面白いですね。
奈雲:
器としての内部空間と酒器はすごく関係が深いですよね。 食事を出す際の関係ももちろんあると思うのですが、 酒器は特に香りや温度が影響してくるので、内部空間との相性がいいと感じます。
作っていただいた酒器も形が様々なので、それぞれに何系のお酒を合わせるか、きょうの日本酒メンバーでも話しが盛り上がっていました。
吉田:
器で香りがこもって、一回グッと止まったのが口元に運ぶ時スッと抜けたりするにはどういう形がいいか、など考えるとワクワクしますね。
きょうの日本酒向けに一番最初に作った筒の形は、多分オールマイティでどんなお酒でもいけるかなとか。
大学生の頃はサークルでやっていたから、みんな好き勝手に酒器を作って、一つの酒を飲んだりしたのですが、本当に全然味が違うんですよ。
熱燗にするとこの人の酒器が美味しいとか、冷やだと僕の方が良いとか。 本当に違いますよね。
普段こういう空間みたいな話って伝わらないことが多いから、分かってくれる人がいると愉しいです。
きょうの日本酒のために作った酒器に、どういう銘柄を合わせられるのか、愉しみにしています。